こびとく日誌

クツをつくりながら考えたこと。晴耕雨読な日々のこと。

女たちよ!

松山で記念館を訪れたのをきっかけに伊丹十三『女たちよ! 』を読む。

これがねぇ、良いんであります。(と伊丹口調で)

特に食事に関することについて。サラダにおける本格についてや、「スパゲッティは饂飩ではない!」などフムフム、フムフム読み進む。久しぶりに手もとに置いてくり返し読み返したいと思うエッセイに出会いました。
酒量についての項。気のあった俳優同士で飲むお酒がこれまた良い。絶対話がつきないという。話が脱線してもいつか必ず芝居の話にもどっているのであって長い宴全体にある種の一貫性が流れているのが好ましいという。(あっ、なんかいい感じ)やがて夜が更けて踊ったりや、いろいろ果てなくくり返し、明け方寿司屋へでかけ、もう少し飲みながら食べて午前10時解散。このとき全員素面(しらふ)。だから伊丹さん、酒量を問われると『ぼくたちは酒は分量じゃなく時間で計るのです。ま、二十時間から三十時間ってところでしょうか』と答えるのだとか。スバラシイ!

こうやって紹介したい項目がいくつもあるがきりがないのでクツの項だけもうひとつ。
『シャルル・ジュールダン』の靴を褒めているのだが、それはさておき、この便利な世の中に靴の流行がどうして二年もかかって日本へやってくるのか、と疑問を投げかける。
『あなた、なにかね、パリのモデルがですよ。新しいモードを着て撮影しようという時にだよ、あなたがやるみたいに、自分の靴箱からおととしの暮れに新宿で買った靴をひっぱり出して履くと思うかね。思わんでしょうが。』

だはは・・、おととしの暮れに新宿で買った靴とな。
モードは靴で完結するのであります。心してかからねば。

この本の解説で池澤夏樹氏も書いているがこのちょっと気障なエッセイは何がすごいって1968年に書かれてるってこと。
そして今読んでも輝きを失っていない。本格がなんたるかをクスクス笑いながら教えてくれるエッセイでした。

超寒い今朝。伊豆箱根まで雪化粧
もうこれで最後だよね・・・