こびとく日誌

クツをつくりながら考えたこと。晴耕雨読な日々のこと。

貸本屋さん

角田光代さんの『この本が、世界に存在することに 』を読んでいる。ちょっと仰々しいタイトルが気に入らないけれど。
最近、短編集ばかり読んでいるような気がするなぁ。この本も短編集である。どれも本をめぐる物語である。本好きならきっと興味を持つはずですね。こういう短編集。
『彼と私の本棚』というお話がある。”彼のアパートの本棚は私の本棚みたいだった。ほとんどの本に見覚えがある”なぁんて現実が本当にあるだろうか?わたしはない!と思う。そういうのってファンタジーの世界だけだ。←なんて現実的なわたし

『ミツザワ書店』というお話が一番好き。さびれた商店街にあったおばあさんが店番する書店の思い出。27歳になって再び訪れたらすでにおばあさんは他界して書店も閉店していた・・・
この物語を読んでいたら、子供の頃に通っていた貸本屋さんのおばあさんのことを思い出した。実家の2軒先に貸本屋さんがあった。主にマンガ本を10円とか20円で貸してくれるお店だ。
棚からマンガを取り、店番のおばあさんに見せるとおばあさんは大学ノートに鉛筆で名前を記録してくれる。そんな簡単なシムテムで貸してくれたお店だ。
アイスクリームも売っていて、ときどきは祖母が買ってくれた。とにかく、毎日のように行っていたお店だ。今でもお店の間取りや本棚、アイスクリームの入ったショーケース、番台のようなところに座った小さなおばあさんの姿を思い浮かべることができる。本は買うものではなくて借りるもの、わたしが図書館派になってしまったのもきっとこの貸本屋さんに慣れ親しんでいたからだと思う。

昨日、この3月末で閉店してしまったお豆腐屋さん、銭湯、クリーニング屋さんの特集を夕方のニュースでやっていたが、貸本屋もまた消えてしまった昭和のお店のひとつになるだろう。遠くから集客するのではなく、あくまで近所の人だけを相手にする小さな商売が成り立たないようになる世の中ってさびしいし、つまらない。

お豆腐はなるべく近所の古くからやっているあのお豆腐屋さんで買おうと思った。
なるべく銭湯にも入りにゆこうと思った。けれど、近所には全く銭湯の影もカタチもないのであった。

そしてそして、クツはなるべく手づくりの靴屋さんで買った方が良いのではないかと思っております。(うふふ、これが言いたかっただけかも)


ダイヤモンド富士の一歩手前の昨日の富士
多分、今日か明日、明後日にはダイヤモンドになるはず