こびとく日誌

クツをつくりながら考えたこと。晴耕雨読な日々のこと。

砂浜

佐藤雅彦『砂浜』を読む。
海の近くに住んでいるせいか海にまつわるタイトルの本を手に取ることが多い。この本もそんな一冊で読む前に著者についてもこの小説についても何の予備知識もなかった。

ところが扉を開けて最初のページの挿絵を見て「あれっ?」と思った。ある入り江のイラスト。湾に細長く飛び出た砂浜。砂嘴(さし)という地形のおかげで内海は波の静かな自然の港になっている。
砂浜がひろがるのは、内海に向いた側であり、松林を境として外海は、大きな丸い岩がどこまでも続いている・・・と解説がある。
どこかで見たような風景・・・。

そして物語が始まる。
夏休みに入ると洋次たちは、毎日毎日飽きもせず御浜へ泳ぎに行った。いつも同じ顔ぶれの仲間である。
子供らはきまって「すいがん」と呼ばれる水中眼鏡と小銭を持ってゆく。
小銭は行き帰りの足代である。御浜は洋次たちの住む地区から子供の足では3,40分かかる距離にあるので渡船という小型の連絡船に乗り往復するのである。

ここまで読んで「もしかしたら・・・」と思った。
さらに読み進めると・・・

いつものように渡船に乗って海水浴に行った洋次たちは帰りの渡船にひいきの『金洋丸』に飛び乗った。(金洋丸は他の船より細長くかっこ良いのだ)ところが仲間のひとり、としちゃんがはぐれて船着き場に取り残されてしまったことに気付く。
そのとしちゃんは次の渡船で戻ってくるだろうと思いきや、思いがけない行動に出る。海岸沿いの道を走り出したのだ。金洋丸と競争するかたちになる。
渡船の上の洋次たちからはときどき民家の間に見え隠れするとしちゃんが確認できる。米粒のようにちいさくなったとしちゃんの走る姿が一瞬あらわれると少年たちからいっせいに歓声があがる。
網干場を過ぎ、そこからは民家が並んで続き、その先にひとつ大きいカーブがある・・・もう、ここまで読んでわたしは確信した。絶対そうだ!ここ知ってる!
「競争」という表題の一話目を読み終えたあとすぐこの著者について検索した。
やっぱり思ったとおりだった。静岡県出身。それも「戸田」出身だ。この御浜とは戸田にある浜で夏は海水浴場になる。そしてわたしはここで泳いだことがあるのだった。

戸田に住む友人を訪ねたときのこと。沼津から連絡船で戸田に着いたわたしを友人は船着き場で迎えてくれた。そのときに海水浴の格好をして渡船に乗る人たちを見た。「ここでは船に乗って海水浴に行くんだよ」と友人はいたずらっぽく笑って言った。そのときわたしはその意味が良くわからなかった。けれども彼女の家でわたしたちも水着に着替え、彼女の知人から自転車を借り、二台の自転車で海水浴場に向かったときにようやくわかった。湾に沿って大きくカーブする道路づたいに海水浴場に向かうより渡船に乗った方がずっと近道なのだった。小説の中でとしちゃんが金洋丸と競争した道をあの日わたしたちは自転車で走ったのだ。

ほんの数ページで自分のあの夏の日のすべてが思い出された。こんな経験ははじめてだった。



ゴーヤーの実、育ってきました!!