こびとく日誌

クツをつくりながら考えたこと。晴耕雨読な日々のこと。

澁澤龍彦との日々

先日の文学館での展覧会に触発されて澁澤龍子夫人のエッセイ『澁澤龍彦との日々』を読む。澁澤氏の著書を一冊も読まずしてこのようなプライベートを綴ったものを先に読むとは反則な気がするがなんとなく澁澤氏の生活に興味を抱いてしまったのだった。 二人の出会いから18年間の結婚生活、そして亡くなってからの18年について静かに振り返った一冊である。まさしく「パートナー」と呼ぶにふさわしい二人の関係がステキだ。二人の名前のどちらにも『龍』の文字がつくのは二人とも辰年生まれだからであり、つまりは一回り年齢の違う夫婦だったのだがむしろ龍彦氏の方が年下のような印象を受ける。茶目っ気たっぷりで少年のようである。ガラクタのようなものを集めたり、松ぼっくりムクロジの実(羽子板の羽子のお尻についている黒い球)を拾うさまが可愛らしい。 いいなぁと思ったエピソードは結婚した翌年にふたりで行ったヨーロッパ旅行で方向音痴の龍彦氏に「コレがフランよ、これがリラ、迷子になったら困るから、アナタ持っていて」とお金を渡しても「この柄よりこっちの方がきれいだね」とお金のという観念がまったくなく、子供を相手にしているようだったと龍子夫人が振り返っていること。ほんとにカワイイ人です。 そしてこの初めてのヨーロッパ旅行を境に、龍彦氏は変わったのだという。「内から外に向かって、何かパァッと開かれた感じがしました。」と龍子夫人は書いている。それまで旅行というものをあまりしたことがなかった龍彦氏はそのヨーロッパ旅行のあとは堰を切ったようにあちこち旅するようになるのである。 多くの交友もこのエッセイには登場する。三島由紀夫吉行淳之介池田満寿夫堀内誠一などみんな著名な人ばかりだ。そういう人たちを自宅に招いてお酒を飲んだり、お正月を一緒に過ごしたりとうらやましい限りの交遊関係なのである。横のつながりってやっぱりいいよなーとつくづく思う。わたしたち靴つくり仲間もこんな風に交友できたらいいのに。ちょっとこういう関係を見習いたいです。 亡くなる前の闘病生活の頃の記述には涙がでそうになるシーンもある。そして通院していた耳鼻科クリニックはわたしも通っている医院だし、鎌倉で入院していたのはわたしが2回ばね指の治療と手術でお世話になった病院だった。そういう奇妙な共通項に親近感が一気に高まってしまったりもした。 プロポーズのくだりもなかなかステキなのでぜひ読んで損はないおすすめのエッセイです。